カオスエンジニアリングとは
カオスエンジニアリング(Chaos Engineering)とは、本番環境またはそれに近い環境で、意図的に、制御された障害(インジェクション)をシステムに注入し、そのシステムの回復力(Resilience)や堅牢性を積極的にテストする実験的な実践を指します。
これにより、予期せぬ障害が発生した際にシステムがどのように振る舞うかを事前に明らかにし、潜在的な弱点やボトルネックを特定して改善することを目的とします。
カオスエンジニアリングの基本的な概念
従来のシステムテストは、既知の障害シナリオに基づいて行われることが一般的でした。しかし、マイクロサービスや分散システムが主流となる現代において、システムの複雑性は増大し、予測不能な障害が発生する可能性が高まっています。カオスエンジニアリングは、こうした複雑なシステムにおける未知の脆弱性を発見し、システムをより堅牢にするためのプロアクティブなアプローチです。
主な概念は以下の通りです。
- 回復力(Resilience): システムが障害や予期せぬ状況に直面しても、サービスを継続し、期待される機能を提供し続ける能力のことです。カオスエンジニアリングの究極的な目標は、この回復力を高めることです。
- インジェクション(Injection): 意図的にシステムに注入される障害や混乱のことです。例えば、サーバーのシャットダウン、ネットワーク遅延の発生、CPU使用率の急増、特定のサービスの停止などがあります。
- 仮説駆動型実験: カオスエンジニアリングは単に障害をばらまくことではありません。特定の仮説(例:「データベースに接続できなくなっても、キャッシュのおかげでWebサイトは数分間表示され続けるはずだ」)を立て、その仮説が正しいかどうかを検証する実験として実施されます。
- 本番環境での実施(理想): 最も現実的な結果を得るためには、本番環境、またはそれに極めて近いステージング環境で実施することが理想とされます。ただし、これは厳密な計画と制御が必要です。
- 学習と改善: 実験の結果、仮説が裏切られた場合(システムが予期せぬ停止をした場合など)は、それを学びとしてシステムの設計や実装、運用プロセスを改善します。
カオスエンジニアリングの原則
Netflixが提唱するカオスエンジニアリングの主要な原則は以下の通りです。
- 定常状態の仮説を立てる: システムの「定常状態」(正常な動作状態)を測定可能な出力として定義します。例えば、秒間リクエスト数、エラー率、レイテンシなどがこれに当たります。
- 現実世界のイベントを多様化する: 現実世界で起こりうる様々な障害や混乱をシミュレートします。ネットワークの問題、リソース枯渇、サードパーティサービスの障害など、幅広いシナリオを考慮します。
- 本番環境で実験を実行する: 可能な限り、本番環境で制御された形で実験を行います。これにより、テスト環境では見つけられないような、より現実的な問題を発見できます。
- 影響範囲を最小限に抑える: 実験は、システム全体への影響が最小限になるように、小規模な範囲から段階的に実施します。例えば、一部のサーバーや特定のリクエストにのみ影響を与えるように制御します。
- 素早く自動化する: 実験のプロセスを自動化することで、迅速に繰り返し実行できるようにします。これにより、システムの変更に合わせて継続的に脆弱性をテストできます。
カオスエンジニアリングの実施プロセス
カオスエンジニアリングの実験は、通常以下のステップで実施されます。
- システムの定常状態を定義する: サービスが正常に機能している状態のメトリクス(スループット、エラー率、レイテンシなど)を明確に定義し、監視できる状態にします。
- 仮説を立てる: 特定の障害が発生した場合でも、システムが定常状態を維持できるという仮説を立てます。例:「Webサーバーが1台停止しても、ユーザーからのリクエストは処理され続けるはずだ。」
- 実験の範囲と影響を決定する: どの部分のシステムに、どのような種類の障害を、どの程度の規模で注入するかを計画します。影響範囲を限定し、リスクを評価します。
- 障害を注入する: 計画に基づき、システムに意図的に障害を注入します。この際、カオスエンジニアリングツール(後述)が用いられることが多いです。
- 影響を観察し、仮説を検証する: 障害注入中のシステムのメトリクスを監視し、定常状態が維持されているか、あるいはどのように変化したかを観察します。仮説が正しいかどうかを評価します。
- 問題の特定と改善: 仮説が裏切られた場合(システムが想定外の挙動をした場合や、停止した場合)は、その原因を特定し、システム設計、実装、運用プロセスを改善します。
- 繰り返す: 改善が完了したら、同じ実験を再度実施し、対策が有効であったことを確認します。また、システムの変更や進化に合わせて、継続的に実験を繰り返します。
カオスエンジニアリングツール
カオスエンジニアリングを実践するための様々なツールが開発されています。
- Chaos Monkey(カオスモンキー): Netflixが開発した最も有名なツール。本番環境のインスタンス(仮想サーバー)をランダムに停止させることで、耐障害性をテストします。
- Chaos Gorilla: Netflixが開発したツールで、アベイラビリティゾーン全体をダウンさせる障害をシミュレートします。
- Chaos Kong: Netflixが開発したツールで、リージョン全体をダウンさせる障害をシミュレートします。
- Gremlin: 商用のカオスエンジニアリングプラットフォーム。様々な種類の障害注入(CPU枯渇、ネットワーク遅延、特定のプロセス停止など)をサービスとして提供します。
- LitmusChaos: Kubernetesネイティブなオープンソースのカオスエンジニアリングプラットフォーム。コンテナやKubernetesクラスターに対する様々な障害注入が可能です。
- Chaos Mesh: Kubernetes環境向けのオープンソースのカオスエンジニアリングツール。ネットワーク、Pod、ファイルシステムなどに対する障害注入が可能です。
カオスエンジニアリングのメリットと考慮事項
カオスエンジニアリングは、システムの信頼性を飛躍的に向上させる可能性を秘めていますが、その導入と実施には慎重な計画が必要です。
メリット
- 未知の脆弱性の発見: 従来のテストでは見落とされがちな、複合的な要因で発生する障害や、予測不能なシステムの弱点を特定できます。
- 回復力の向上: 発見された問題を改善することで、システムの耐障害性と回復力が向上し、本番での予期せぬサービス停止のリスクを低減します。
- 運用の自信向上: 障害時のシステムの挙動を事前に把握し、対応策を確立することで、運用チームが自信を持ってシステムを運用できるようになります。
- コスト削減: 本番環境での大規模な障害によるビジネス損失を未然に防ぐことで、結果的にコストを削減できます。
- SLA(サービスレベル合意)の遵守: サービスの可用性に関するSLA目標を達成しやすくなります。
考慮事項
- リスク管理: 本番環境で障害を注入するため、サービスに実際の悪影響を及ぼすリスクがあります。厳格な制御、影響範囲の限定、緊急停止(キルスイッチ)の準備が不可欠です。
- 文化的なハードル: 「本番に障害を入れる」という考え方に対する抵抗がある場合があります。組織全体の理解と合意形成が重要です。
- 監視体制の成熟: 実験の前後、そして実行中にシステムの定常状態を正確に把握し、変化を検知するためには、堅牢な監視・可視化システムが不可欠です。
- インシデント対応能力: 予期せぬ事態が発生した場合に、迅速かつ効果的に対応できるインシデント管理プロセスとチームが必要です。
- 段階的な導入: まずは開発環境やステージング環境で小規模な実験から始め、徐々に範囲と複雑性を広げていくのが一般的です。
カオスエンジニアリング(Chaos Engineering)とは、本番環境またはそれに近い環境で、意図的に制御された障害をシステムに注入し、その回復力や堅牢性を積極的にテストする実験的な実践です。これにより、予期せぬ障害発生時のシステムの振る舞いを事前に明らかにし、潜在的な弱点やボトルネックを特定・改善することを目的とします。
NetflixのChaos Monkeyなどのツールが有名であり、定常状態の定義、仮説設定、影響範囲の決定、障害注入、観察、改善というプロセスで実施されます。未知の脆弱性の発見、システムの回復力向上、運用チームの自信向上といったメリットがある一方で、本番環境へのリスク、文化的なハードル、強固な監視体制の必要性といった考慮事項も存在します。現代の複雑な分散システムにおいて、システムの信頼性を継続的に高めるための重要なアプローチとして注目されています。
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