AIで強化するゼロトラスト施策とアクセス管理

はじめに

本記事では、「ゼロトラスト施策とアクセス管理の高度化」をテーマに、特にAI(人工知能)を活用してどのようにゼロトラストを強化できるかを解説します。サイバーセキュリティ領域においては、攻撃手法の高度化や企業IT環境の複雑化が進む中、従来の境界型セキュリティだけでは十分な防御が難しくなっています。そこで注目を集めているのが「ゼロトラストアーキテクチャ」です。

本記事の想定読者は、中~大企業の開発部門のご担当者の方々です。システム企画・構築だけでなく、セキュリティ要件にも携わる機会が増えている現在、ゼロトラストやAIの新しい知見を取り入れたいと考えている方、あるいは自社内のセキュリティ体制を根本的に見直したいと考える方を対象としています。

本記事を通じて、以下のポイントに関連する情報を得ることができます。

  • 従来の境界型セキュリティとゼロトラストの違い
  • なぜ今、ゼロトラストとAIの組み合わせが注目されているのか
  • 中~大企業がゼロトラストを導入する上での課題と検討事項

ゼロトラスト×AIの注目度と背景

近年、クラウドサービスの普及やリモートワークの定着により、企業のITインフラは急速に分散化しています。これにともない、外部と内部の境界が曖昧になり、従来の「社内=安全、社外=危険」という考え方では十分な防御が不可能になりつつあります。そこで注目されているのが「ゼロトラスト」であり、そのコア理念は「あらゆる通信を信頼しない」というものです。

しかし、ゼロトラストを本格導入するには、ユーザー・デバイスの行動を常に監視・分析し、リスクレベルに応じてアクセス権を制御する仕組みが求められます。これだけの対策を考えると人手不足の今、本当にゼロトラストを本格導入できるのか?といった疑問がふつふつと湧いてきます。

そこで重要な役割を果たすのがAI技術です。AIを使うことで、大量のデータからリアルタイムに異常を検知したり、過去のパターンから脅威を予測したりすることが容易になります。また、今後のセキュリティ運用では、人的リソースを極力削減しながら高度な防御を行うためにもAIの導入が不可欠です。

ゼロトラストの基本概念と最新事情

従来のセキュリティモデルは「境界型セキュリティ」と呼ばれ、ファイアウォールやVPNなどを使って企業ネットワークの内側と外側を分け、内側は安全、外側は危険と捉える構造が一般的でした。しかし近年は、以下のような理由でこの構造では十分にカバーしきれないケースが増えています。

  1. クラウドサービスの増加
    企業が利用するサービスがオンプレミスからクラウドへ移行し、ネットワークの境界が曖昧に。
  2. リモートワーク・モバイルアクセス
    従業員が自宅や外出先からアクセスすることが増え、社外が「当たり前の環境」に。
  3. サプライチェーンリスクの拡大
    パートナー企業や外部委託先との連携によって、外部からのアクセスが複雑化。

これに対してゼロトラストモデルは、「すべての通信を疑い、常に検証する」という前提のもと、アクセスコントロールをユーザーやデバイスの属性、リスクレベルに応じて動的に決定します。その結果、たとえ社内ネットワーク上であっても、怪しい挙動があればアクセスを制限・ブロックできるようになります。

ゼロトラストが必要とされるビジネス環境の変化

ゼロトラストが求められるビジネス環境の変化として、主に以下が挙げられます。

  1. 多様なデバイス・ユーザーからのアクセス
    個人所有のデバイス(BYOD)社用モバイル端末からのアクセスなど、多様な環境が想定され、企業側で管理しきれないケースが増加。
  2. クラウドネイティブなシステム設計
    アプリケーションやデータがオンプレミス・クラウド・SaaSと分散し、それらを統合管理する必要性が高まる。
  3. 脅威の高度化と大量化
    ランサムウェアや標的型攻撃など、新種の攻撃が増加。組織全体を守るための従来の境界防御では対応しきれない。
  4. 攻撃対象の“内側化”
    セキュリティ侵害が起きた際に、内部ネットワークを自由に横移動されると大きな被害につながる。これを防ぐには、ネットワークを小さく区切り、疑わしいアクセスを常に検証する仕組みが欠かせない。

これらの変化に対処するため、企業はゼロトラストを採用し、必要最小限の権限の付与(Least Privilege)や継続的なモニタリングを行うようになっています。

中~大企業における導入ハードルと課題

ゼロトラストには大きなメリットがありますが、それを導入・定着させるには以下のような課題も存在します。

  1. レガシーシステムやオンプレ環境との共存
    大規模な企業ほど、レガシーなシステムが稼働しているケースが多く、ゼロトラストアーキテクチャとの整合性を持たせるには時間やコストがかかる。
  2. 組織間の連携不足
    開発部門・情報システム部門・セキュリティ部門などが縦割りになっていると、ネットワーク構成やアクセス制御の見直しに多大な調整が必要。
  3. ユーザーエクスペリエンス(UX)の低下リスク
    不必要に厳格な認証やアクセス制御を行うと、業務効率やユーザー満足度が下がる可能性があるため、絶妙なバランス設定が不可欠。
  4. 専門人材の不足
    ゼロトラストアーキテクチャに対応できるエンジニアやセキュリティ担当者の市場ニーズが急増しており、専門知識を持つ人材が足りない現実がある。
  5. 導入コストの懸念
    ネットワークやシステム構成の刷新が必要となるケースも多いため、導入コストが高額になる可能性がある。ROIを見極めながら段階的に導入する戦略が必要。

AIで強化するゼロトラスト:メリットと実践シナリオ

従来の境界型セキュリティに代わる新たな防御手法として注目されるゼロトラストは、組織のあらゆる通信を「疑う」ことを前提としています。しかし、本格的な導入には、常にユーザーやデバイスの行動を分析して脅威を見極める必要があり、人的リソースだけでは対応しきれないのも事実です。そこで大きな支援となるのがAIの活用です。本章では、AIを組み合わせたゼロトラストのメリットや実際の活用シナリオ、開発・運用チームが身につけるべきスキルセットについて詳しく解説します。

リスクベース認証とアクセス管理へのAI活用

従来のアクセス管理では、ユーザーIDとパスワードを正しく入力すればアクセスが許可されるという静的な仕組みが中心でした。しかし、今日の攻撃手法は高度化・巧妙化し、正規の認証情報が漏洩するケースも珍しくありません。そこで注目されるのがリスクベース認証です。

リスクベース認証では、以下のような要素をもとにリスクスコアを算出し、認証プロセスを動的に変化させます。

  • アクセス元IPアドレスの異常性や地理的特徴
  • 時刻や曜日などのアクセスパターン
  • ユーザーの行動履歴や利用端末の特性
  • 過去の不正ログイン事例や脅威インテリジェンス情報

リスクスコアが高い場合には、MFA(多要素認証)の追加要求やアクセスブロックを行い、低い場合にはスムーズなログインを許可するなど、ユーザーエクスペリエンスとセキュリティレベルを両立できます。

AIを活用したダイナミックアクセス制御

このリスクベース認証をゼロトラスト施策の中核に据える場合、AIが果たす役割は極めて重要です。大量のログデータを解析し、リアルタイムで異常なアクセスパターンや振る舞いを検出し、リスクスコアを自動算出します。これにより、次のようなメリットが得られます。

  • 誤検知の低減と精度向上
    AIによる機械学習を継続的に行うことで、時間の経過とともに正確な異常判定ができるようになる。
  • 管理コストの削減
    従来、手動で分析していたログをAIが自動処理するため、セキュリティ担当者の負荷を大幅に軽減可能。
  • 迅速な脅威対応
    リスクスコアをトリガーにして自動的にアクセス権を制御したり、異常検知ツールと連携してブロックしたりすることで、リアルタイムな脅威対応が実現。

導入へのヒント

自社システムでリスクベース認証を導入する際は、以下のステップを考慮するとスムーズです。

  1. ログ基盤の整備
    まずはシステム全体のアクセスログやイベントログを統合管理する基盤を構築する。
  2. AIモデルの設計・PoC(Proof of Concept)
    機械学習や深層学習を用いたリスクスコア算出モデルの試作を行い、PoCで精度や運用負荷を検証する。
  3. ポリシーの運用フロー確立
    リスクスコアに応じた動的アクセス制御フローを策定し、想定外のシナリオにも対応できるようにガバナンスを設定する。
  4. 継続的なモニタリングと調整
    AIモデルの精度を定期的に検証・アップデートし、実ビジネス環境に適応させる。

APPSWINGBYでは、システム開発やリファクタリングで培ったノウハウを活かし、AIモデルの設計から導入後の運用サポートまで幅広く支援可能です。ご興味のある方はお気軽にお問い合わせください。

本記事の続編では、”異常検知・脅威インテリジェンスの自動化と高度化”、”脅威インテリジェンスとの連携”、”開発・運用チームに求められるスキルセットの変化”などをより深堀りして解説いたします。引き続きご覧いただき、最新のセキュリティオペレーション事情と当社が提供するソリューションの全貌をご理解いただければ幸いです。

システム開発にお困りではありませんか?

この記事を書いた人

株式会社APPSWINGBY

株式会社APPSWINGBY マーケティング

APPSWINGBY(アップスイングバイ)は、アプリケーション開発事業を通して、お客様のビジネスの加速に貢献することを目指すITソリューションを提供する会社です。

ご支援業種

情報・通信、医療、製造、金融(銀行・証券・保険・決済)、メディア、流通・EC・運輸 など多数

監修

APPSWINGBY CTO川嶋秀一

株式会社APPSWINGBY
CTO 川嶋秀一

動画系スタートアップ、東証プライム R&D部門を経験した後に2019年5月に株式会社APPSWINGBY 取締役兼CTOに就任。
Webシステム開発からアプリ開発、AI、リアーキテクチャ、リファクタリングプロジェクトを担当。C,C++,C#,JavaScript,TypeScript,Go,Python,PHP,Vue.js,React,Angular,Flutter,Ember,Backboneを中心に開発。お気に入りはGo。