インシデントレスポンス計画とは

インシデントレスポンス計画(Incident Response Plan: IRP)とは、サイバーセキュリティインシデント(情報漏洩、マルウェア感染、サービス停止、不正アクセスなど)が発生した際に、その被害を最小限に抑え、迅速に復旧し、再発防止策を講じるための一連の手順と責任範囲を明確に定めた文書化された計画を指します。

組織の情報資産を守り、事業継続性を確保する上で不可欠な要素です。

インシデントレスポンス計画の基本的な概念

サイバーセキュリティの脅威が多様化・高度化する現代において、インシデントの発生は避けられないものとなりつつあります。インシデントレスポンス計画は、発生したインシデントに対して組織が混乱なく、効果的に対応するための羅針盤となります。

主な概念は以下の通りです。

  1. サイバーセキュリティインシデント: 情報システムの可用性、完全性、機密性に悪影響を与える、または与える可能性のあるセキュリティ上の事象を指します。例としては、不正アクセス、マルウェア感染、サービス拒否攻撃(DoS攻撃)、データ漏洩、Webサイトの改ざんなどが挙げられます。
  2. インシデントレスポンス(Incident Response: IR): インシデントの発生を検知し、対応し、解決し、再発を防止するまでの一連の活動全般を指します。インシデントレスポンス計画はこの活動の基盤となります。
  3. 被害の最小化と迅速な復旧: インシデントレスポンス計画の主要な目的は、インシデントによる事業への影響(経済的損失、評判の低下、信頼の失墜など)を可能な限り抑え、通常業務への迅速な回復を図ることです。
  4. 文書化と周知: 計画は具体的に文書化され、関係者全員に周知徹底される必要があります。これにより、有事の際に誰が何をすべきか、どのような情報共有が必要かが明確になります。
  5. 定期的な見直しと訓練: サイバー脅威は常に進化するため、計画も定期的に見直し、訓練(机上訓練、シミュレーションなど)を通じて実効性を高めることが重要です。

インシデントレスポンス計画の主要フェーズ

米国立標準技術研究所(NIST)のNIST SP 800-61「Computer Security Incident Handling Guide」では、インシデントレスポンスのプロセスを以下の6つの主要フェーズに分類しており、インシデントレスポンス計画もこれに沿って策定されることが一般的です。

  1. 準備(Preparation):
    • 目的: インシデント発生に備え、必要な体制、ツール、知識を整える。
    • 活動内容: インシデントレスポンスチーム(CSIRTなど)の編成と訓練、連絡体制の確立、必要なツールの導入(ログ管理システム、SIEM、フォレンジックツールなど)、計画の文書化と周知、リスクアセスメントの実施、脆弱性管理。
  2. 特定(Identification):
    • 目的: インシデントの発生を検知し、その兆候(痕跡)を特定する。
    • 活動内容: ログの監視と分析、セキュリティアラートの監視、異常なネットワークトラフィックの検知、従業員からの報告受付、インシデントであるかどうかの評価、インシデントの分類と優先順位付け。
  3. 封じ込め(Containment):
    • 目的: インシデントによる被害の拡大を食い止め、影響範囲を限定する。
    • 活動内容: 感染システムのネットワークからの隔離、不正アクセスの遮断、脆弱なサービスの停止、バックアップからの復旧準備。このフェーズでは、迅速な判断と行動が求められます。
  4. 根絶(Eradication):
    • 目的: システムから脅威(マルウェア、不正な設定など)を完全に排除し、安全な状態に戻す。
    • 活動内容: マルウェアの除去、不正に作成されたアカウントの削除、脆弱性の修正(パッチ適用、設定変更)、不正にアップロードされたファイルの削除。
  5. 復旧(Recovery):
    • 目的: 影響を受けたシステムやサービスを正常な状態に復元し、運用を再開する。
    • 活動内容: クリーンな状態のシステムへのデータ復元、サービスの再開、システム監視の強化、関係者への状況報告。徐々にサービスレベルを上げ、安定性を確認します。
  6. 事後対応(Post-Incident Activity / Lessons Learned):
    • 目的: インシデント対応のプロセスを評価し、将来のインシデント発生に備えて改善点を洗い出す。
    • 活動内容: インシデントの根本原因分析、対応プロセスの評価、改善策の策定と実施、関連文書(計画、チェックリストなど)の更新、情報共有、再発防止策の検討と適用。

インシデントレスポンス計画の構成要素

具体的なインシデントレスポンス計画は、以下のような要素を含むことが一般的です。

  • 目的とスコープ: 計画の目的、対象となるインシデントの種類、対象システム・組織の範囲。
  • 役割と責任: インシデントレスポンスチーム(CSIRT、SOCなど)の体制、各メンバーの役割、権限、連絡先。経営層、法務、広報などの関連部署との連携体制。
  • 連絡体制とコミュニケーション計画: 内部(従業員、経営層)、外部(顧客、規制当局、警察、メディア、ベンダー、セキュリティ専門機関)への連絡手順と担当者、情報公開のガイドライン。
  • インシデントの分類と優先順位付け基準: インシデントの深刻度、影響度に応じた分類基準と対応の優先順位。
  • 対応手順とチェックリスト: 各フェーズにおける具体的なタスク、手順、判断基準、使用するツール。特定のインシデントシナリオ(例: ランサムウェア感染、データ漏洩)ごとの詳細な手順。
  • 証拠保全とフォレンジックのガイドライン: 法的措置や原因究明のために必要なデジタル証拠の収集・保全方法。
  • 訓練と演習の計画: 定期的な訓練の実施計画、評価方法。
  • レビューと更新のスケジュール: 計画の定期的な見直しと改善のためのプロセス。

インシデントレスポンス計画の重要性

インシデントレスポンス計画は、単なる文書ではありません。それは、組織がサイバー脅威から自らを守り、事業を継続するための「保険」であり「行動規範」です。

  • 事業継続性の確保: インシデント発生時のダウンタイムを最小限に抑え、事業の停止による損失を防ぎます。
  • 損害の最小化: 被害拡大を防ぎ、データ損失、システム破壊、経済的損失、ブランドイメージ毀損などの損害を軽減します。
  • 法的・規制遵守: 個人情報保護法や各種業界規制(GDPR, HIPAAなど)における報告義務や対応要件を遵守するための基盤となります。
  • 信頼性の維持: 顧客、取引先、株主からの信頼を失わないために、透明性のある迅速な対応が可能になります。
  • 組織の成熟度向上: インシデント対応を通じて得られた教訓を活かし、セキュリティ体制全体の継続的な改善を促進します。

インシデントレスポンス計画(IRP)は、サイバーセキュリティインシデントが発生した際に、その被害を最小限に抑え、迅速に復旧し、再発防止策を講じるための一連の手順と責任範囲を明確に定めた文書化された計画です。

準備、特定、封じ込め、根絶、復旧、事後対応の6つのフェーズを通じて、組織が体系的にインシデントに対応するための指針を提供します。

この計画は、事業継続性の確保、損害の最小化、法的・規制遵守、信頼性の維持、そして組織全体のセキュリティ成熟度向上に不可欠な要素となります。現代のビジネス環境において、インシデントレスポンス計画の策定と継続的な改善は、すべての組織にとって最優先事項の一つであると言えるでしょう。

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