「コード再生」の具体的手法:リファクタリングがもたらす変革

前回は「技術的負債を知り己を知れば百戦危うからず」と題し、貴社の開発現場が抱える「読みにくい」「動かない」「属人化された」コードが、いかにビジネスに深刻な影響を及ぼし、技術的負債として企業の成長を阻害しているかを解説しました。
では、これらの課題を解決し、貴社のIT資産を「再生」させるためには、具体的にどのようなアプローチが必要なのでしょうか。
その答えの一つが、リファクタリングです。
今回は、コード再生の手法である「リファクタリング」について解説しています。
- 1. リファクタリングとは
- 1.1. リファクタリングとは何か?誤解されがちなポイント
- 1.1.1. 誤解されがちな点
- 1.1.2. コードの可読性、保守性、拡張性
- 2. リファクタリングパターンと適用例
- 2.1.1. 1. 命名規則の改善(Rename)
- 2.1.2. 2. 関数の分割(Extract Method / Function)
- 2.1.3. 3. 重複コードの排除(DRY原則 – Don’t Repeat Yourself)
- 2.1.4. 4. 単一責任の原則(SRP – Single Responsibility Principle)
- 3. テストコードとCI/CD環境による安全なリファクタリングの推進
- 3.1.1. テストコードの役割:リファクタリングの「安全ネット」
- 3.1.2. CI/CD環境の役割:リファクタリングの「自動化推進力」
- 4. 段階的アプローチ:大規模システムにおける効果的な進め方
- 4.1.1. 1. 影響範囲の特定と優先順位付け
- 4.1.2. 2. 「ストラングラー・フィグ・パターン」の適用
- 4.1.3. 3. 継続的な改善とフィードバック
リファクタリングとは
リファクタリングは、単なるバグ修正や機能追加とは異なり、システムの内部構造を改善することで、コードの品質を飛躍的に向上させる手法です。
この章では、リファクタリングの本質とその誤解されがちな点、そして具体的なパターンと適用例をご紹介することで、貴社がこの強力なツールをどのように活用できるか、その可能性をお伝えいたします。
リファクタリングとは何か?誤解されがちなポイント
リファクタリングとは、ソフトウェアの外部から見た振る舞いを変更せずに、内部の構造を改善する行為を指します。
簡単に言えば、システムの「見た目」は変えずに、その「中身」をよりきれいに、より効率的に、より分かりやすく整理整頓することです。この定義には、いくつかの重要なポイントと、しばしば誤解されがちな点が含まれています。
誤解されがちな点
- 機能追加ではない: リファクタリングは、新しい機能を追加したり、既存の機能の動作を変更したりするものではありません。あくまでも、既存の機能をより良い形で実現するための内部的な改善です。
- バグ修正ではない(直接的には): リファクタリングの主目的はバグを修正することではありません。しかし、コードがきれいになることでバグが発見しやすくなったり、将来的なバグの発生を防いだりする副次的な効果は大いに期待できます。
- 書き直しではない: ゼロからシステムを書き直す「リライト」とは異なります。リファクタリングは、既存のコードを少しずつ、安全に改善していく継続的なプロセスです。
では、なぜこのような「中身の整理整頓」が重要なのでしょうか。それは、コードの可読性、保守性、拡張性を向上させるためです。
コードの可読性、保守性、拡張性
- 可読性(Readable): コードが読みやすくなることで、他の開発者がその意図を素早く理解できるようになります。これにより、引き継ぎ時間の短縮や、チーム全体の開発効率向上に繋がります。
- 保守性(Maintainable): コードが整理され、変更の影響範囲が明確になることで、バグ修正や機能改修が容易になります。予期せぬ副作用のリスクが減り、システム全体の安定性が向上します。
- 拡張性(Extensible): 将来的に新しい機能を追加したり、既存のシステムと連携させたりする際に、スムーズに対応できるようになります。ビジネスの変化に柔軟に対応できる、しなやかなシステムへと進化します。
リファクタリングは、一度行えば終わりというものではありません。ソフトウェア開発は常に進化し続けるため、リファクタリングもまた、開発プロセスに組み込まれるべき継続的な活動なのです。
リファクタリングパターンと適用例
リファクタリングには、様々な「パターン」が存在します。これらは、コードの「どこを」「どのように」改善すれば良いかを示す、実践的なガイドラインです。
ここでは、特に効果的で理解しやすい代表的なパターンをいくつかご紹介し、それがどのようにバグの削減やパフォーマンス向上に繋がるかを示唆いたします。
1. 命名規則の改善(Rename)
- 概要: 変数、関数、クラスなどの名前に、その役割や意味を明確に表す名前を付けることです。
- 適用例:
a
やb
といった意味不明な変数名を、customerName
やtotalAmount
のように具体的な名前に変更します。processData()
のような漠然とした関数名を、calculateOrderTotal()
やsendConfirmationEmail()
のように具体的な処理内容がわかる名前に変更します。
- 効果: コードの意図が明確になり、他の開発者がコードを理解する時間が劇的に短縮されます。これにより、誤解によるバグの発生が減り、デバッグ作業も容易になります。結果として、開発全体のスピードが向上し、間接的にシステムの応答速度向上にも寄与します。
2. 関数の分割(Extract Method / Function)
- 概要: 長く複雑な関数やメソッドを、複数の小さな関数に分割することです。各関数が特定の、独立した役割を担うようにします。
- 適用例:
- 顧客情報の取得、注文の計算、メール送信といった複数の処理が一つにまとまっている長い関数を、それぞれ
getCustomerInfo()
,calculateOrder()
,sendOrderConfirmationEmail()
のような独立した関数に分割します。
- 顧客情報の取得、注文の計算、メール送信といった複数の処理が一つにまとまっている長い関数を、それぞれ
- 効果: 各関数の役割が明確になり、可読性が向上します。また、それぞれの関数が独立しているため、テストがしやすくなり、バグの特定と修正が容易になります。さらに、再利用可能な部品が増えることで、コードの重複が減り、全体的なコード量が削減され、結果としてメモリ使用量や処理速度の改善に繋がる可能性もあります。
3. 重複コードの排除(DRY原則 – Don’t Repeat Yourself)
- 概要: 同じような処理を行うコードが複数箇所に存在する場合、それを共通の関数やクラスとしてまとめ、再利用することです。
- 適用例:
- 複数の画面で同じ入力値の検証ロジックが書かれている場合、それを共通のバリデーション関数として定義し、各画面から呼び出すようにします。
- 効果: コードの量が減り、保守性が飛躍的に向上します。ある処理に修正が必要になった場合、一箇所だけを修正すればよいため、修正漏れによるバグの発生を防ぎます。また、コードが簡潔になることで、コンパイル時間や実行時のメモリ消費が最適化され、パフォーマンス向上に貢献することがあります。
4. 単一責任の原則(SRP – Single Responsibility Principle)
- 概要: 一つのクラスやモジュールは、ただ一つの責任(変更する理由)だけを持つべきである、という原則です。
- 適用例:
- 「顧客情報の管理」と「注文処理」の両方を担っているようなクラスがある場合、それぞれを
CustomerManager
とOrderProcessor
のように独立したクラスに分割します。
- 「顧客情報の管理」と「注文処理」の両方を担っているようなクラスがある場合、それぞれを
- 効果: 各クラスの役割が明確になり、変更の影響範囲が限定されます。例えば、顧客情報管理のロジックを変更しても、注文処理のロジックには影響を与えないため、予期せぬバグの発生リスクを大幅に低減できます。これにより、システム全体の安定性が向上し、結果としてパフォーマンスの安定にも繋がります。
これらのリファクタリングパターンは、コードを「きれいに磨き上げる」ための基本的な手法です。これらを継続的に適用することで、コードはより理解しやすくなり、バグが入り込む隙が減り、そして将来的な機能追加や性能改善が容易になりるのです。
テストコードとCI/CD環境による安全なリファクタリングの推進

リファクタリングは、コードの内部構造を変更する行為であるため、「既存の機能が壊れてしまわないか」という懸念を抱かれるかもしれません。特に、大規模で複雑なシステムにおいては、そのリスクは無視できません。
しかし、この懸念を払拭し、安全かつ継続的にリファクタリングを進めるための強力な味方が、テストコードとCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)環境です。
テストコードの役割:リファクタリングの「安全ネット」
テストコードとは、開発者が書いたプログラムが意図した通りに動作するかどうかを自動的に検証するためのコードです。リファクタリングを行う際には、このテストコードが非常に重要な「安全ネット」の役割を果たします。
- 機能保証: リファクタリングによってコードの内部構造が変わっても、テストコードが合格し続ければ、外部から見たシステムの振る舞いは変わっていないことが保証されます。これにより、意図しないバグの混入を防ぐことができます。
- 変更への自信: テストコードが充実していると、開発者は安心してコードの改善に取り組めます。変更を加えた後すぐにテストを実行し、問題がないことを確認できるため、手戻りが減り、開発効率が向上します。
- ドキュメントとしての機能: テストコードは、そのコードが「何をすべきか」を明確に示しているため、一種の生きたドキュメントとしても機能します。新しい開発者がシステムを理解する上でも役立ちます。
CI/CD環境の役割:リファクタリングの「自動化推進力」
CI/CDとは、ソフトウェアの変更を継続的に統合し、自動的にテスト、ビルド、デプロイを行う一連のプラクティスと環境を指します。リファクタリングとCI/CDは、非常に相性の良い組み合わせです。
- 継続的インテグレーション(CI): 開発者がコードを少しずつ変更し、頻繁に共有リポジトリに統合します。統合されるたびに自動でテストが実行され、問題があればすぐにフィードバックされます。これにより、問題が早期に発見され、大規模な手戻りを防ぎます。
- 継続的デリバリー(CD): テストを通過したコードは、いつでも本番環境にデプロイできる状態に保たれます。これにより、リファクタリングによって改善されたコードを、迅速かつ安全にユーザーに届けることが可能になります。
CI/CD環境が整っていれば、リファクタリングは特別なイベントではなく、日々の開発プロセスの一部として自然に組み込まれるようになります。
小さな改善を積み重ねることで、システム全体の品質が継続的に向上し、結果として「読みにくい」「動かない」といった課題が根本から解消されていくのです。
APPSWINGBYでは、お客様のシステム特性に合わせたテスト戦略の立案から、CI/CD環境の構築・運用支援まで、一貫したサービスを提供しております。
段階的アプローチ:大規模システムにおける効果的な進め方
大規模な既存システムを抱える企業様にとって、「どこから手をつければ良いのか分からない」という悩みは尽きないでしょう。
全てのコードを一度にリファクタリングしようとすると、それは途方もない作業となり、かえってリスクを高めてしまいます。そこで重要となるのが、段階的アプローチです。
大規模システムのリファクタリングは、まるで巨大な建物を改修するようなものです。一度に全てを壊して建て直すのではなく、少しずつ、しかし確実に、より良い構造へと変えていく戦略が必要となります。
1. 影響範囲の特定と優先順位付け
まず、システム全体の中で、最も改善効果が高い部分や、ビジネスリスクが高い部分を特定します。例えば、頻繁に改修が行われるが、常にバグが発生するモジュールや、パフォーマンスが著しく低いモジュールなどが対象となります。
- ビジネス価値: どの部分の改善が、最もビジネスに大きな影響を与えるか(例:売上に直結する機能、顧客満足度に関わる機能)。
- 技術的負債の度合い: どの部分のコードが最も読みにくく、保守が困難か。
- リスク: どの部分の変更が、最もシステム全体に影響を与える可能性があるか。
これらの要素を考慮し、優先順位を付けて、小さな単位から着手していくことが成功の鍵です。
2. 「ストラングラー・フィグ・パターン」の適用
大規模なレガシーシステムをモダンなシステムへと移行させる際によく用いられるのが、「ストラングラー・フィグ・パターン(Strangler Fig Pattern)」と呼ばれる手法です。
これは、既存の巨大なシステム(レガシーシステム)を徐々に新しいシステムに置き換えていくアプローチです。
まるで絞め殺しのイチジク(Strangler Fig)が宿主の木を覆い尽くすように、新しい機能やサービスを既存システムの外側に構築し、徐々に既存の機能を新しいシステムへと移行させていきます。
- 小さなサービスから始める: まずは、既存システムから独立させやすい小さな機能やサービスを特定し、新しい技術スタック(クラウドネイティブ、マイクロサービスなど)で再構築します。
- 既存機能へのプロキシ: 新しいサービスが完成したら、既存システムへのリクエストを新しいサービスへと転送(プロキシ)します。
- 徐々に置き換え: 段階的に、より多くの機能を新しいサービスへと移行させ、最終的にはレガシーシステム全体を置き換えます。
このアプローチの利点は、システム全体を一度に停止させることなく、ビジネスへの影響を最小限に抑えながら移行を進められる点です。また、小さな成功体験を積み重ねることで、開発チームのモチベーションを維持しやすくなります。
3. 継続的な改善とフィードバック
リファクタリングは、一度行えば終わりではありません。システムは常に進化し、ビジネス要件も変化するため、継続的な改善が不可欠です。
- 定期的なコードレビュー: 定期的にコードをレビューし、品質を維持・向上させる文化を醸成します。
- 技術負債の可視化: 技術的負債を定期的に評価し、その状況をチームや経営層と共有することで、継続的な改善の必要性を認識します。
- フィードバックループ: 開発者からのフィードバックを積極的に取り入れ、開発プロセスやツールを改善し続けます。
次回は、「システム最適化への道:クラウドと最新技術が拓く可能性」と題して、「システム最適化の具体的な戦略・事例」について、わかりやすく解説してまいります。
解説記事「「コード再生」の具体的手法:リファクタリングがもたらす変革」の続きは
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監修

株式会社APPSWINGBY CTO 川嶋秀一
動画系スタートアップ、東証プライム R&D部門を経験した後に2019年5月に株式会社APPSWINGBY 取締役兼CTOに就任。
Webシステム開発からアプリ開発、AI、リアーキテクチャ、リファクタリングプロジェクトを担当。C,C++,C#,JavaScript,TypeScript,Go,Python,PHP,Vue.js,React,Angular,Flutter,Ember,Backboneを中心に開発。お気に入りはGo。

株式会社APPSWINGBY CTO 川嶋秀一
動画系スタートアップ、東証プライム R&D部門を経験した後に2019年5月に株式会社APPSWINGBY 取締役兼CTOに就任。
Webシステム開発からアプリ開発、AI、リアーキテクチャ、リファクタリングプロジェクトを担当。C,C++,C#,JavaScript,TypeScript,Go,Python,PHP,Vue.js,React,Angular,Flutter,Ember,Backboneを中心に開発。お気に入りはGo。