サービス粒度設計の基礎知識

前回は「ソフトウェアシステムのサービス粒度:開発を成功に導く設計の要諦」と題し、システム開発における「サービス粒度」の重要性を解説しました。では、実際にその粒度をどのように設計していくべきでしょうか。ということで、今回は、サービス粒度設計の基本的な考え方について掘り下げていきます。
では、さっそくはじめていきましょう!
サービス粒度設計の基本的な考え方
サービス粒度設計の根底にあるのは、「システムをいかに分割し、それぞれの部品(サービス)がどのような責任を持つべきか」という問いです。この問いに対する答えは、システムの特性、ビジネスの要求、そして開発体制によって大きく異なります。
まず、最も重要な原則は「単一責任の原則(Single Responsibility Principle: SRP)」です。
これは、各サービスがただ一つの明確な責任を持つべきだという考え方です。
例えば、ECサイトであれば、「顧客管理」「商品管理」「注文処理」「決済処理」といった機能ごとにサービスを分割することが考えられます。これにより、ある機能の変更が他の機能に影響を与えにくくなり、システムの保守性が向上します。
次に、「ビジネスドメインとの整合性」が挙げられます。
サービスは、技術的な観点だけでなく、ビジネス上の意味を持つ単位で分割されるべきです。
これは、システムがビジネスの変化に追随しやすくなるためです。例えば、前述のECサイトの例では、顧客管理は顧客に関するすべての情報と操作を、商品管理は商品に関する情報と操作をそれぞれ担当します。このようにビジネス上の概念とサービスが一致していると、ビジネス部門と開発部門のコミュニケーションも円滑に進みます。
また、「凝集度(Cohesion)の最大化と結合度(Coupling)の最小化」も基本的な考え方の一つです。
凝集度(Cohesion)とは

サービス内部の要素が、どれだけ密接に関連しているかを示します。凝集度が高いサービスは、そのサービスが持つ機能が論理的にまとまっており、変更が発生した場合にそのサービス内だけで完結する可能性が高まります。
理想的なのは、一つのサービスが関連性の高い機能だけを担当し、内部的に強く結びついている状態です。
結合度(Coupling)とは

サービス間の依存関係の強さを示します。結合度が低いサービスは、互いに独立性が高く、片方のサービスが変更されても、もう一方のサービスへの影響が少ない状態です。
理想的なのは、サービス同士が疎結合であり、変更や障害の影響が他のサービスに波及しにくい状態です。
これらの原則に基づき、私たちはシステムの機能を「小さすぎず、大きすぎない」適切な粒度に分解していくことを目指します。小さすぎる「ナノサービス」は、サービス間の通信オーバーヘッドや管理の複雑性を増大させ、大きすぎる「神サービス」は、モノリシックアーキテクチャが抱える課題(変更の困難さ、単一障害点など)を内包してしまいます。
例えば、あるSaaS企業では、顧客ごとのデータ分析レポート機能を独立したサービスとして設計しました。このサービスは、レポート生成に必要なデータ取得、加工、出力の責任を全て持ち、他の顧客管理サービスや契約管理サービスとはAPIを通じてのみ連携します。
これにより、レポート要件の変更やデータ量の増加に対応するために、この分析レポートサービスだけを独立してスケールさせたり、異なる技術スタックで再構築したりすることが可能になりました。
もしこのレポート機能が顧客管理サービスの一部として実装されていたら、顧客管理ロジックに影響を与えずにレポート機能を変更・スケールさせることは非常に困難だったでしょう。
このように、サービス粒度設計は、単にコードを分割する作業ではありません。それは、ビジネスの変化に柔軟に対応し、開発チームの生産性を最大化し、そして最終的には企業価値を高めるための戦略的な意思決定なのです。
モノリシックからマイクロサービスまで:アーキテクチャスタイルの変遷
システムのサービス粒度を理解するには、これまでのソフトウェアアーキテクチャがどのように進化してきたかを知ることが重要です。
特に、ビジネス要求の変化と技術の進歩が、アーキテクチャスタイルの変遷をどのように促してきたかを紐解いていきましょう。
初期のシステム開発において主流だったのは、「モノリシックアーキテクチャ」でした。
これは、アプリケーションのすべての機能(ユーザーインターフェース、ビジネスロジック、データアクセス層など)が単一の実行可能ファイルや単一のデプロイ単位として構築されるスタイルです。
例えるなら、すべての部屋が壁でつながり、玄関が一つしかない巨大な建物のようなものです。
モノリシックアーキテクチャの主な特徴
- シンプルさ: 小規模なシステムや開発初期段階では、構造がシンプルで開発しやすいという利点があります。
- デプロイの容易さ: 単一の単位であるため、デプロイプロセスが比較的単純です。
- 学習コストの低さ: 新しい開発者がコードベース全体を把握しやすい傾向にあります。
しかし、システムが大規模化し、機能が増え、開発チームの人数が増えるにつれて、モノリシックアーキテクチャは様々な課題に直面するようになりました。
モノリシックアーキテクチャの主な課題
- 高い結合度: 機能間の依存関係が密になるため、一部の変更が予期せぬ形でシステム全体に影響を及ぼすリスクが高まります。
- スケーラビリティの限界: 特定の機能だけ負荷が高い場合でも、システム全体をスケールさせる必要があり、リソースの無駄が生じやすくなります。
- デプロイの複雑化とリスク: わずかな変更でも全体を再デプロイする必要があり、デプロイ時間が長くなり、失敗時の影響も大きくなります。
- 技術スタックの固定: 一度採用した技術スタックから変更することが困難になります。
このような課題から、より柔軟でスケーラブルなシステムを構築するために、アーキテクチャの分解が進みました。
その中で生まれたのが「サービス指向アーキテクチャ(SOA)」という考え方です。SOAは、機能を独立したサービスとして提供し、これらのサービスが連携することでシステム全体を構成するものです。これはモノリシックな建物を、いくつかの独立したブロックに分けるイメージに近いです。
そして、SOAの考え方をさらに推し進め、より小さく独立性の高いサービスへと分割したのが、今日の主流となりつつある「マイクロサービスアーキテクチャ」です。
マイクロサービスアーキテクチャの主な特徴
- 独立したサービス: 各サービスが独立して開発、デプロイ、テスト、スケールできます。
- 疎結合: サービス間の依存関係が低く、一部の変更が他のサービスに与える影響が最小限に抑えられます。
- ポリグロット(Polyglot)な環境: 各サービスが最適な技術スタック(プログラミング言語、データベースなど)を選択できます。
- チームの自律性向上: サービスごとに独立したチームが担当することで、開発の俊敏性が高まります。
例えば、NetflixはもともとDVDレンタル事業からスタートし、ストリーミングサービスへと移行する過程で、巨大なモノリシックなシステムがその成長を阻害していることに気づきました。
そこで彼らは、2000年代後半からモノリスをマイクロサービスに分解する大規模な移行を開始しました。この移行により、Netflixは毎日のように数千回のデプロイを行うことが可能になり、爆発的なユーザー増加と新機能の迅速な提供を実現しています。
これは、モノリシックアーキテクチャでは到底不可能だったことです。
現在のシステム開発のトレンドとして、多くの企業がマイクロサービスアーキテクチャへの移行を検討、あるいは既に進めています。しかし、マイクロサービスは銀の弾丸ではありません。
運用や監視の複雑さ、分散トランザクションの課題など、新たな挑戦も伴います。だからこそ、闇雲にマイクロサービス化するのではなく、適切なサービス粒度を見極めることが、開発の成功を左右する重要な鍵となるのです。
次のセクションでは、サービス粒度を決定する上で核となる考え方、ドメイン駆動設計(DDD)について詳しく解説していきたいと思います。
解説記事「ソフトウェアシステムのサービス粒度:開発を成功に導く設計の要諦 ~サービス粒度設計の基礎知識」の続きは
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この記事を書いた人

株式会社APPSWINGBY マーケティング
APPSWINGBY(アップスイングバイ)は、アプリケーション開発事業を通して、お客様のビジネスの加速に貢献することを目指すITソリューションを提供する会社です。
ご支援業種
情報・通信、医療、製造、金融(銀行・証券・保険・決済)、メディア、流通・EC・運輸 など多数

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監修

株式会社APPSWINGBY CTO 川嶋秀一
動画系スタートアップ、東証プライム R&D部門を経験した後に2019年5月に株式会社APPSWINGBY 取締役兼CTOに就任。
Webシステム開発からアプリ開発、AI、リアーキテクチャ、リファクタリングプロジェクトを担当。C,C++,C#,JavaScript,TypeScript,Go,Python,PHP,Vue.js,React,Angular,Flutter,Ember,Backboneを中心に開発。お気に入りはGo。

株式会社APPSWINGBY CTO 川嶋秀一
動画系スタートアップ、東証プライム R&D部門を経験した後に2019年5月に株式会社APPSWINGBY 取締役兼CTOに就任。
Webシステム開発からアプリ開発、AI、リアーキテクチャ、リファクタリングプロジェクトを担当。C,C++,C#,JavaScript,TypeScript,Go,Python,PHP,Vue.js,React,Angular,Flutter,Ember,Backboneを中心に開発。お気に入りはGo。