大規模AIの“重い”課題を解決するSLM

大規模AIの“重い”課題を解決するSLM

SLMというワードを聞いたことがありますでしょうか? 生成AIの登場により”LLM:大規模言語モデル(Large Language Model)”という言葉が業界内ではよく聞くようになりましたが、”SLM”というワードはあまり聞くことがありません。

AI業界はスケールの拡大(モデルの大規模化やパラメータの増加)こそが唯一の競争手段かのような状況になり、規模が大きければ良いといった流れになりつつありますが、一方でクラウドサービスコスト(従量課金)の上昇といった大問題にも直面しています。

そんな中で、超大企業以外の多くの企業にとってメリットが大きいのでは?と私たちが考えているSLM(Small Language Models)についてご紹介していきます。

【緊急課題】企業が直面する大規模AI導入の”重い現実”

近年、生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の進化は目覚ましく、多くの企業がその革新的な可能性に期待を寄せています。

業務効率化、顧客体験の向上、新たなビジネスチャンスの創出など、夢のような話が飛び交う中、実際にLLMの導入・運用を検討された企業様は、ある“重い現実”に直面しているのではないでしょうか。

この“重い現実”とは、LLMが持つ「規模の代償」に他なりません。

市場では「大規模であればあるほど良い」という風潮が先行しがちですが、その裏側には、決して無視できない運用上の課題が山積しています。

以下にLLMを導入した企業、導入しようとしている企業が抱える深刻な課題をまとめてみました。

1. 高騰する運用コスト

LLMの運用には、数千基に及ぶ高性能GPUが不可欠です。これらGPUの導入費用に加え、膨大な電力消費、そして冷却設備にかかる費用は、月々数十万ドル、時に数億円に達することもあり、想像をはるかに超えるランニングコストが発生します。特に、限られた予算で最大の効果を目指す中堅・大企業にとって、このコストは大きな足かせとなります。

また、AWS、GCP、Azureといった主要クラウドベンダーが提供するGPUインスタンスやAIサービスを利用する場合、その利用料金は膨大です。

少し極端な話になりますが、高性能なGPUを搭載したインスタンスを24時間稼働させたり、大量のAPIリクエストを処理したりするだけで、月間のクラウド費用はあっという間に数百万円(時にはもう一桁上も、、)規模に膨れ上がります。

従量課金制の性質上、予測を超える利用が発生した場合のリスクも高く、特に限られた予算で最大の効果を目指す中堅・大企業にとって、このコストは大きな足かせとなります。

2. 膨大なリソース消費と環境負荷

大規模なモデルを動かすためには、大量の計算リソースと電力を消費します。これは運用コストだけでなく、企業のサステナビリティ目標にも影響を及ぼす、無視できない課題です。

日本政府のAI全盛の世の中で間違いなくやってくるだろうデータセンターの”電力消費需要”についての政策が気になるところですが・・・

3. 応答速度(レイテンシ)の課題

複雑な処理を行うLLMは、その計算量の多さから応答に時間がかかることがあります。

リアルタイム性が求められる顧客対応システムや、迅速な意思決定を支援するツールとしては、このレイテンシがボトルネックとなり、ユーザーエクスペリエンスを損なう可能性があります。

4. 専門知識の獲得と維持

LLMを最大限に活用するためには、AIに関する高度な専門知識を持つ人材が不可欠です。

モデルの選定、ファインチューニング、プロンプトエンジニアリングなど、日々進化する技術に対応できる人材の確保と育成は、多くの企業にとって頭の痛い問題となっています。

5. 専門知識の獲得と維持

大量のデータを扱うLLMでは、機密情報の取り扱いに関するリスクも増大します。特に、クラウドサービスを利用する場合、データの保管場所やアクセス制御など、厳格なセキュリティ対策が求められます。

これらの課題は、LLMが持つ汎用性の高さと引き換えに発生する、いわば「性能と効率性のトレードオフ」です。

もちろん、LLMがもたらすイノベーションは疑いようがありませんが、現実的なビジネスへの適用を考えた場合、その“重さ”が導入の障壁となっているケースは少なくありません。

Small Language Models(SLM)なのか?基礎知識と注目される背景

大規模言語モデル(LLM)の「重い現実」に直面する中で、今、にわかに注目を集めているのがSmall Language Models(SLM)です。しかし、「Small」と聞くと、「性能が劣るのではないか」「できることが限られるのではないか」といった疑問を抱かれるかもしれません。しかし、それは誤解です^^;

SLMは、限られたリソースで特定のタスクにおいてLLMに匹敵、あるいはそれ以上のパフォーマンスを発揮する可能性を秘めた、革新的なAI技術なのです。

因みに、ガートナー社では、”2027年までに組織が汎用の大規模言語モデルよりも小規模でタスクに特化したAIモデルを3倍多く使用するようになると予測”しているレポートを2025年4月9日 付けで公開しています。

Gartner Predicts by 2027, Organizations Will Use Small, Task-Specific AI Models Three Times More Than General-Purpose Large Language Models ※外部リンク

2.1. SLMとは何か?大規模AIとの決定的な違い

SLMとは、文字通り「小規模な言語モデル」を指します。その最大の特徴は、LLMと比較してモデルのサイズ(パラメータ数)が著しく小さい点にあります。

一般的に、LLMが数千億から1兆個以上のパラメータを持つ一方で、SLMは数億から数十億、あるいはそれ以下のパラメータで構成されます。

SLMの代表的なサービスとして知られているMicrosoftが開発した「Phi-3-mini」はわずか38億パラメータでありながら、推論能力において同規模の他のモデルを凌駕するとされています。

Phi-3-miniとは

「Phi-3-mini」について、よくわからないという方の為に、簡単にご説明します。

Phi-3-miniは、Microsoftが「小さくても強力(Small but Mighty)」をコンセプトに開発したPhiシリーズの最新モデル群の一つであり、以下の点でSLMの可能性を象徴する存在として広く認知されています。

  • 驚異的なコストパフォーマンス: Phi-3-miniは、そのパラメータ規模からは想像できないほどの高い性能を発揮します。Microsoftのテストによると、約38億という小さなパラメータ数でありながら、同規模のモデルはもちろん、場合によってはその2倍のサイズのモデルと比べても、推論や言語理解、数学、コーディングといった主要なベンチマークで優れたパフォーマンスを示すことが報告されています。これは、限られたリソースで最大限のAI効果を得たいと考える企業にとって、非常に魅力的なポイントです。
  • 「高品質データ」による効率的な学習: Phi-3シリーズは、大規模なWebデータではなく、教科書や学術論文のような「高品質で厳選されたデータ」を用いて効率的に学習されています。このアプローチにより、モデルサイズを抑えつつも、高い推論能力や常識的な知識を獲得することに成功しています。これは、SLMが「汎用性よりタスク特化型の専門性」を追求する上で、いかに学習データの質が重要であるかを示す好例です。
  • 幅広いデバイスでの動作可能性: Phi-3-miniはその軽量性から、クラウド環境だけでなく、一般的なPC(M1 Macなどでも動作可能とされています)や、さらにはスマートフォンなどのエッジデバイス上でも効率的に動作するように設計されています。これにより、インターネット接続が不安定な環境や、データプライバシーの観点からローカル処理が求められるケースなど、LLMでは実現が難しかった多様なユースケースへの適用が期待されています。特に、日本航空(JAL)がMicrosoftのPhiモデルを活用してAIエージェントを開発している事例は、その具体的な応用可能性を示しています(この事例については後述します)。

このように、Phi-3-miniは「軽量性、高性能、効率的な学習、多様な動作環境」という、SLMが持つべき主要な特性を高いレベルで兼ね備えているため、現在のSLMトレンドを語る上で欠かせない代表的なモデルとして挙げられています。

ぜパラメータ数が小さいことが重要なのか?

では、なぜパラメータ数が小さいことが重要なのでしょうか?

それは、モデルのサイズが小さくなることで、以下のような根本的な違いが生まれるからです。

  • 学習データと汎用性の違い
    • LLM(大規模言語モデル): インターネット上の膨大なテキストデータ(数十テラバイト〜ペタバイト規模)を学習することで、人間のような幅広い知識と高い汎用性を獲得しています。これにより、詩の創作から複雑なプログラミングコードの生成まで、多岐にわたるタスクに対応できます。しかし、その学習コストと運用コストは莫大です。
    • SLM(小規模言語モデル): 特定のドメインやタスクに特化した、比較的限定された高品質なデータを効率的に学習します。例えば、医療分野の専門用語や法務分野の判例など、特定の知識領域に深く特化させることで、汎用性よりも「タスク特化型」の専門性を追求します。これにより、特定の業務においてはLLMと同等か、それ以上の精度と効率性を発揮することが可能になります。
  • リソース要件と実行環境の違い
    • LLM: 運用には、NVIDIAのH100やA100といった高性能GPUが数百から数千基必要となり、データセンター規模のインフラと膨大な電力消費が伴います。これは、オンプレミスでの導入が非常に困難であり、クラウドサービスへの依存度が高いことを意味します。
    • SLM: パラメータ数が少ないため、はるかに少ない計算リソースで動作します。これにより、一般的なサーバーやPC、さらにはエッジデバイス上でも効率的に動作させることが可能になります。

この違いは、運用コストの劇的な削減だけでなく、データガバナンスやセキュリティの観点からも大きなメリットをもたらします。

LLMとSLMの比較を表にまとめてみました。

特性項目大規模言語モデル(LLM)小規模言語モデル(SLM)
パラメータ数数千億〜数兆個以上数億〜数十億個
学習データ膨大な汎用データ(Webデータなど)特定ドメインの高品質データ
特徴高い汎用性、多様なタスクに対応特定タスクに特化、高い専門性
リソース大規模GPUクラスタ、高電力消費一般的なサーバー、PC、エッジデバイスでも可
コスト高い(月間数百万〜数千万ドル)劇的に低い(LLMの1/10以下も可能)
応答速度遅延が生じやすい(高レイテンシ)高速応答(低レイテンシ)
導入形態主にクラウドサービス利用オンプレミス、エッジでの運用も容易
LLMとSLMの比較表

この比較表からわかるように、SLMはLLMの単なる縮小版ではありません。「限定された領域で、最高のパフォーマンスを最小のコストで実現する」という、明確な目的を持った戦略的なAIモデルなのです。

特に、企業におけるAI活用においては、必ずしもあらゆる知識を網羅する汎用性が必要とされるわけではありません。

むしろ、特定の業務プロセスにおける複雑な判断や、専門的な情報の抽出など、ピンポイントな課題解決が求められる場面が多々あります。このようなシナリオにおいて、SLMは「タスク特化型AIエージェント」として、その真価を発揮するのです。

次のセクションでは、SLMが具体的にどのようなメカニズムでLLMを超えるパフォーマンスと効率性を実現するのか、さらに詳しく掘り下げていきます。

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株式会社APPSWINGBY
株式会社APPSWINGBY マーケティング

APPSWINGBY(アップスイングバイ)は、アプリケーション開発事業を通して、お客様のビジネスの加速に貢献することを目指すITソリューションを提供する会社です。

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情報・通信、医療、製造、金融(銀行・証券・保険・決済)、メディア、流通・EC・運輸 など多数

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監修
APPSWINGBY CTO川嶋秀一
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動画系スタートアップ、東証プライム R&D部門を経験した後に2019年5月に株式会社APPSWINGBY 取締役兼CTOに就任。
Webシステム開発からアプリ開発、AI、リアーキテクチャ、リファクタリングプロジェクトを担当。C,C++,C#,JavaScript,TypeScript,Go,Python,PHP,Vue.js,React,Angular,Flutter,Ember,Backboneを中心に開発。お気に入りはGo。

APPSWINGBY CTO川嶋秀一
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